オジサンのよたよた話し


バブリーな日々、不倫の恋

バブリーな日々は、男と女の狂乱と騙し合いの日々でもあった。男達は、若い愛人を連れ歩き、女達は、大きな財布が手に入る男なら年齢や見かけなど関係なかった。高級レストランがもてはやされ、ブランド物が町にあふれた。出始めたばかりの携帯電話を持つ男達は、若い女からの電話で、夜の町に車を走らせた。仕事の打ち合わせも、夜になると、若い愛人達が同席していた。社会的なモラルなんてことを言う堅い人間には、誰も声をかけようとしなくなった。金と女だけが、男達の関心になって行った。

私には、浮いた話はないと誰もが思っていた。仕事の席まで連れ歩くような、破廉恥さを持てなかっただけではあるのだが、私の女性秘書は、すべてを見抜いていた。電話がかかってくると、秘書が受ける。仕事の関係でなくても、女性からの私用電話でも、名前を言って取り次ぐ。しかし、女性秘書が黙ってメモ用紙を、私に手渡すことがある。その裏には、彼女から電話があったことが記されている。女の勘というのは実に恐ろしい。誰にもばれていないはずだと思っているのに、秘書だけは、その特別な関係を見事に見抜いていた。

その頃、住んでいたマンションで殺人事件が起きた。カミさんの精神状態が少しおかしくなっていた。仕事に追われていた私が家に帰るのは朝方少しだけであった。新会社設立のストレスと、バブリーで派手な社会的風潮。18歳も年下の女の子に恋をしはじめていた。彼女の優しい言葉を聞くだけで、ストレスから解放されるようだった。
それも人妻である。時間をみつけて彼女に会う。夫のある若い女と、妻のある中年の男が、深刻になりそうな話題を避けて、その瞬間だけの楽しい話題を共有しようとする。「私には貴方を励ます言葉をかけることと、子供を産むことしか出来ないのよ」と言う言葉に、打算ではない真心を感じてしまう単純なオヤジである。彼女との関係は、予想以上の急テンポで進んでいた。彼女は、旦那の家に住んでいたのだが、お姑さんとの折り合いが急激に悪くなりはじめていた。私の方も、カミさんと離婚の話しをするようになっていた。

丁度、仕事の忙しさもピークを迎えていた時だ。秘書がそっと手渡したメモで受けた電話は、彼女の泣き声だった。「迎えに来て。今から家を出るから」。多くの人達が仕事をしているオフィスで、自分以外のすべてが、映像のように現実感を失って行った。これから発生する数多くのトラブルに比べたら、仕事なんて簡単な話しかも知れない。どのように判断して良いかも分からないまま、私は、彼女を嫁ぎ先まで迎えに行った。ホテルまで送り届けると、紛糾を続ける仕事の会議に戻った。
私の態度が変だったのかも知れない。帰ろうとした私に、同僚が声をかけた。「金の心配はするな」(結局、誰も、金の面倒など見てはくれなかったけれども)。私は、家に帰り、身の回りの物をトランクにつめこんだ。カミさんは、真夜中でも帰ってはいなかった。トランクに荷物を積め終わったら、テーブルの上に「さようなら」と置き手紙を書いて家を出た。若い人妻と駆け落ちするつもりで。

ホテルのスイートルーム。男も女も人生にすっかり疲れ果てていた。トランクが1つ、彼女が抱えて出てきた紙袋が1つ転がっていた。男と女の関係は何もなく数日が過ぎた。結局、彼女は、実家へ帰って行った。俺には戻り場所はなかった。さらに数日が過ぎて、お金もなくなった。仕方なく、元の家に帰った。そして、不倫の恋は終わった。

そんな出来事から10年近く経ったある日、ある小さなスナック。カウンターに座った。一人の女性が、隣の席で飲んでいた。マスターが何かを気にしているような気がした。その女性が帰って行った。マスターが私に声をかけた。「ojisan、隣りに居た女性に気付かなかったの?」

バブル時代が終わって、家庭に戻った男も居れば、その頃の愛人と暮らしている男も居る。でも、何故か、私のまわりには、幸か不幸かは知らないが、家庭をなくした男が多い。老人のようだった私の顔も、その後、生気を取り戻した(もちろん、年齢には逆らえないが)。白髪にはなってしまったが、ばさばさと抜けた髪も元に戻った。皆がバブルに踊ったあの時代のお話しは、終末の方が面白いかも知れない。また、そんなよた話しをする機会もあるだろう。
一部は「45.社長を首になった日」に書いた。

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