東京の仕事場へ、クアラプンプールの友達から電話がかかってきた。今すぐ、品川パシフィックホテルへ行って欲しいというのだ。彼女の旦那が、そこに泊まっている。どうも様子が変だ。女が居るとしか思えない。だから、すぐに見に行ってくれないかと、中国語なまりの英語で、彼女はまくしたてた。冗談ではない。そんな修羅場は御免だ。言葉をインドネシア語に切り替えた。会社の電話で、こんな痴話喧嘩の応対はしにくい。英語では、まわりにわかってしまう。こういう時に、インドネシア語は便利だ。彼女も、マレー語が話せる。インドネシア語とマレー語では、多少の違いはあっても、話しは通じる。 彼女と出会ったのは、スマトラ島であった。ジャカルタの仕事が一段落して、久しぶりに休暇旅行に出かけようとしていた。今なら、パック旅行があるのかも知れない。しかし、そんなツアーがみつからなかった。でも、地元の人達は、バス旅行に出かけていた。だから、どこかにバスツアーがあるはずだ。スマトラ島のメダンに電話してもらった。地元の、どこの旅行会社も、満杯で受け入れる余地はないと言う。そのうち、電話をしてくれていた秘書が、原因に気づいた。我々が日本人だったからだ。 日本人の旅行者は、どこでも大金をばらまく。だから歓迎されるかといえば、そうとは限らない。ようやく地元の旅行社が、話してくれた。日本人旅行者を受け入れたことがあった。でも、日本人が望むようなホテルは、この地域では手配できない。望むような食事の手配も出来ない。クレームばかりで嫌になった。日本人客を受ければ、自分達も儲かるのは分かっている。でも、クレームに悩まされるよりは、地元客相手のビジネスをしてる方が良いというわけだ。そこで、私たちは、もちろん地元の人達と一緒で良い、一切クレームは言わないという約束を、何度も繰り返して、ようやくバスツアーに加えてもらえることになった。 楽しい旅行だった。インドネシアの人達だけでなく、シンガポールやマレーシアからもツアーの人達が同じバスに乗っていた。食事は、テーブルに乗った料理を、皆で一緒に食べる。同じものを一緒に食べると、やっぱり、すぐに親しくなれる。最初の夜から、お互いの部屋で夜中までおしゃべりが続いた。 スマトラ島の中央には、火山の噴火によってできた湖がある。長さ100Km、幅が30Kmという巨大なカルデラ湖の名前はトバ湖。 この湖の中央にサモシール島という島があって、ここでは、20世紀初頭まで、人食いの習慣があった。人間を刻んだ石のテーブルや、人間を食べた円座などが残っている。その子孫だというガイドのオジサンが、その様子を、大袈裟な身振りと共に再現してくれる。 電話の彼女は、それなら、今から東京へ行くから、成田まで迎えに来て欲しいと言う。彼女は、日本へ来るのは初めてなのだから、その程度までならいいだろう。しばらくして、飛行機の便を知らせて来た。 成田で待っていると、彼女は簡単なバックだけ抱えて飛び出して来た。とにかく来たという感じだ。ホテルまで送って行った。部屋までついてきて欲しいと言う。それだけは、勘弁して欲しい。エレベータで、そのフロアまで上がった。そして部屋の扉が開いた。彼女は、突撃隊のように飛び込んで行った。私は、エレベータの陰で、しばらく待ったが、何も起こらなかった。そして、帰ってきた。まあ、人の良いオジサンだなと、自分のことを思いながら。 ・・・トバ湖は、いいとこだよという話しが書きたかったのだが、別の話しになってしまった。彼ら2人は、その後、平和な家庭を持って、可愛い女の子が生まれましたのさ、までなら普通なのだが、そう簡単じゃないのが人生の面白さ(傍観者は何とでも言える)。色々、事件が起ります。でも、最近2~3年は音信不通になっている。彼女はマレーシアの弁護士だからYellow pageで調べればすぐにわかるはずし、彼女も私の自宅なら知っている。だけど、いつかどこかの街で、ばったり出会う楽しみは残しておいた方がいいだろう。辺鄙な田舎で、会いたいなと思っていた友達に、ばったり出会った経験が何度もある。そんな時の再会の喜びは最高だから。
(TOBA湖---賭場じゃないよ)
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